はじめに
このホームページは私が2005年の6月7日から7月12日まで、子宮頸がんで東京大学医学部附属病院で入院、治療した記録です。ホームページを立ち上げるまで約1年、肉体的、精神的に回復して、自分自身のことが冷静に見つめ直すことができるようになり、やっと誰かに自分の体験したことを客観的な視点から語れるようになりました。この記録は私が入院中にもしもの事があった場合に何か役に立つ事があるかも知れないという思いで、入院初日から退院の日まで、手術の直後のまったく身動きできない日を除き、手書きで書いたものをもとに作成しました。パソコンを持ち込んでいなかったので、ある時は点滴のチューブが腕に刺さったままの状態で書かれた文章はひどいものですが、あまりにもひどいものを除きなるべくその時のままの状態を忠実に再現いたしました。
自分の闘病した記録を残すことに対して、自分の中に様々な葛藤がありました。私の癌は比較的初期で発見されて、すぐに生命にはかかわる状態ではありませんでしたが、私の病状よりもっと深刻な方々のことを考えると、私の闘病記など甘いもので、記録として残す意味など無く、まるで必要ないものであるし、残さないほうが良いかもしれません。
しかし、わたしが実際数多くのほかの方々の治療した経過をネットを通じてしか知りえないことを知識として得て助けられたように、誰かの役にほんの少しでも役に立つのなら、良いのではないかと判断しました。
子宮内膜症と大腸がん
私は2004年の9月に長年の持病であった子宮内膜症の治療のために広尾メディカルクリニックに入院し、手術を受けました。広尾メディカルクリニックは保険治療では行っていない日本で唯一レーザー手術で子宮の温存手術を行っている病院です。私の子宮内膜症はかなり深刻な状態で、その前年、都内のある大学病院で診療を受けたた時点では子宮を全摘出しないといけない状態にあるとの事でした。私はなんとか子宮を温存する手術が出来る病院を探し、やっとの思いでたどり着いたのが広尾メディカルクリニックでした。
手術によって私の子宮内膜症は完治し、すっかり体調がよくなったのもつかの間、2004年の12月に腹部に異常を感じた私は大腸の検査をすることになり、その検査の結果大腸(下降結腸部、S字結腸の少し上)にピンポン玉位の大きな腫瘍が発見され、検査の結果悪性の腫瘍…つまりは癌であるということがわかりました。年末のあわただしい中、私は紹介された東大病院に入院し、翌年の1月4日に手術し、1月21日に退院しました。
子宮内膜症の後に大腸癌と病気で忙しいというなんとも最悪な2005年の始まりでしたが、2度ある事は3度ある…私の精神状態を崩壊寸前にする恐ろしい病気が控えていたのです。4月の会社の健康診断に念のためと思って受けた婦人科検診で子宮頸がんの疑いがあるという細胞クラスVBが出て、要精密検査となってしまったのです。
子宮頸がんクラスTB−1
精密検査は入院した履歴のある東大病院ですることにしました。検査結果細胞診ではクラスVBでしたが、組織診でまさかの癌細胞が出てしまいました。私に告げられた検査の結果は「子宮頸がんクラスTB−1」子宮癌の検査は去年広尾メディカルクリニックでしたばかりなのにどうして?何かの間違いじゃないんだろうか?血の気が引いて口の中が一気に乾いていくのが感じた私が、担当のN先生にやっと言えた一言「子宮を残せるという選択肢はありますか?」それに対する先生の一言「まったくありません!開腹手術です。」
それから瞬く間に入院の日程が決まり、手術の予定日が決まり、私の闘病生活が始まりがやって来たのでした。思考がストップしてしまった私は悲しみに浸っている時間をあえて作らずにたんたんと入院の準備をはじめました。



